これまでの研究紹介

 

テーマ1.湿原生態系で生物多様性が維持されるのはなぜか?

調査地:深泥池(京都市) 

キーワード:生物多様性/食物網/生息場/水生無脊椎動物群集/湿原

深泥池(みぞろがいけ)は、京都市街の北部に位置する、面積9haほどの小さな湿地です。一見、ただの溜め池のように見えますが、池の中心部には浮島(うきしま)と呼ばれるミズゴケ湿原(約5ha)が広がっており、池の生物群集全体が国の天然記念物に指定されている貴重な生態系です。特に、浮島の上では低pHで貧栄養な環境が保たれており、深泥池の生物多様性のホットスポットとなっています。しかし、近年の人為的攪乱(水道水や汚水の流入、外来生物の侵入等)によって生態系の悪化が進行しており、自然再生に必要な条件の解明が急務となっています。そこで私たちは、深泥池の浮島における「無脊椎動物群集の多様性」およびその「生息場の多様性」に着目して研究を進めてきました。

これまでの研究から、湿原生態系の生物多様性を維持するためには低pH・貧栄養な環境の維持が肝要であると同時に、湿原生態系に特有のさまざまな生息場(植生や水分条件が異なる)が併存していることが必要であることが明らかになりました(論文1)。

さらに、多様な無脊椎動物どうしの“つながり”にも注目し、食物網の構造と生息場の関係について研究を進めてきました。炭素・窒素安定同位体比(δ13C、δ15N)を用いた解析を行った結果、浮島上にパッチ状に分布する生息場において、各生息場のデトリタス食者は同じ生息場由来の有機物を餌資源とし、分解に寄与していることが分かりました。一方、他の生息場の動物も餌資源として利用している陸域の捕食者は、生息場間を移動して捕食を行い、栄養経路の結合(coupling)を行っていると考えられました。以上のことから、湿原生態系の無脊椎動物群集は栄養起源や食物網においても、生息場単位の構造を有していることが明らかになりました(論文2)。

近年では特に、里山的利用がされなくなったために繁茂した池畔林を小規模に伐採することで水際生態系(岸辺の水生生物相や林床植生)の回復を目指す取り組みや、池へのニホンジカ(Cervus nippon)侵入の問題、特に、林床植生の衰退と防鹿柵による防護について調査、研究を進めています。また、近年の水質改善(水道水流入の阻止)によって急速に個体群が回復しているジュンサイ(Brasenia schreberi)が池の生態系に及ぼす影響や適切な個体群管理手法についても、研究を進めています。

  深泥池水生生物研究会 http://mizoro.org/

   

  

テーマ2.繁茂したヒシは、湖沼生態系の季節変動にどのような影響を及ぼすのか?

調査地:三方湖(福井県若狭町) 

キーワード:水生無脊椎動物群集/動物プランクトン/溶存酸素/塩分濃度/汽水域/生息場の改変

三方湖は、ウナギやコイ、エビなどの豊かな水産資源に恵まれた湖です。しかし、2008年以降、水生植物のヒシ(Trapa japonica)が夏季に繁茂して水面の大部分を覆うまでになりました。ヒシの繁茂によって湿地の生態系が大きく改変されることは世界各地で報告されていますが、一年生の浮葉植物であるヒシの季節消長に合わせて生態系がどのように変化するのかについては不明な点が多く残されたままです。そこで、ヒシの季節消長に応じて、湖内の物理化学環境や生物群集にどのような変化が起こるかを、1年半にわたる定期調査によって明らかにしました(論文7)。ヒシの繁茂により、夏季には水中で極度の酸欠が起こることが分かりました。また、枯れた葉や茎が湖底に大量に堆積するため、湖底を生活場所にする無脊椎動物(ベントス)が大きく数を減らすことが分かりました。しかし、こうした現象は、ヒシが枯れる秋から春先にかけては起こっていませんでした。また、ヒシが繁茂している時期には、ヒシの茂みの中を生活場所にするベントスやプランクトンも数多くいることが明らかになりました。三方湖を含む流域では現在、自然再生協議会が立ち上がり、漁業者、住民、行政、研究者が協力し合いながら、繁茂したヒシの管理に取り組んでいます。我々の研究は、湖沼生態系の管理という応用面にも活かされています。

   

 

テーマ3.生物の同位体情報を使って生物多様性・食物網構造・移動履歴を調べる

調査地:滋賀県・和歌山県の河川、東北沿岸域など

キーワード:安定同位体比/食物網構造/生態系指標/移動履歴/アミノ酸態窒素安定同位体比/脊椎骨コラーゲン解析

炭素、窒素、水素、酸素、硫黄などの元素には、それぞれ陽子数が等しく中性子数の異なる同位体が存在します。これらのうち,時間の経過に伴って崩壊し、別の原子に変わるものを放射性同位体、変化しないものを安定同位体と呼びます。生物の組織に含まれる安定同位体の比率(安定同位体比)を調べることで、その生物が「どのような場所に住んでいたのか」「どのような餌を食べてきたか」等を推定することができます。これまでの研究では、「アミノ酸態窒素の安定同位体比」などの新しい手法も活用し、河川生態系の食物網構造を明らかにしてきました(論文3, 論文5, 論文6, 論文10)。さらに、生物多様性を示す指標(シャノンの多様度指数)を数学的に分解することで得られる、食物網構造の重要な特性を示す指標(D指標)を提唱し、現実の河川食物網に適用することで、食物網構造に起きた変化を示す上でD指標が有用であることを実証しました(論文8)。

最近では、ヒラメやスズキなどの有用魚種を対象に、脊椎骨の椎体(樹木の年輪のように過去の情報が層状に蓄積されていく)に含まれるコラーゲンの同位体情報から過去の移動履歴を時系列に沿って推定する手法を開発しています。筋肉や耳石に含まれる軽元素の安定同位体情報も併せて解析し、さまざまな魚種への適用を目指しています。

 

テーマ4.貴重な生態系を、誰と、どうやって守るか?~湖沼・湿原生態系の保全と環境教育~

調査地:深泥池(京都市)、三方湖(福井県若狭町)など

キーワード:生態系管理/外来生物/長期モニタリング/体験学習

生態学の基礎的な研究を進めると同時に、生態系の保全に役立つ実践的な調査研究にも携わってきました。

保全活動を成功に導くには、研究者だけが活動するのではなく、行政、市民や地域住民、学生など、さまざまな主体(ステイクホルダー)が意見を出し合いながら進めていくことが大切です。

深泥池や三方湖では、研究者がまとめた調査成果を元に、市民(農業者や漁業者なども含む)や行政も一緒になって議論を行い、科学的かつ持続的な対策が提案、実施されています。

また、環境教育の一環として、地域の子どもや中学・高校生を対象に、水辺の生きものの採集や外来生物の捕獲を通じ、直に生きものに触れてもらう体験学習や、研究成果を分かりやすくレクチャーする活動を続けています。

   

 

 

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